文化、経済の発展に協力するため
財団法人麗澤海外開発協会(RODA)は、1971年3月16日に外務省より認可を受け、設立されました。世界の発展途上国における文化、経済の発展に協力するため、人材の育成と技術指導を行い、もって世界の平和、人類の安心と幸福に寄与しようという目的にもとづいた活動は、すでに1964年、ラオス王国の首都ビエンチャンにその一石が投じられており、その数年来における活動が現地の人たちはもとより、わが国の政界、財界からも称讃を受けておりました。そこで、さらに組織的、計画的な施策にもとづいた現地における技術指導などの産業面の協力はもちろん、生活態度、思想などの精神生活面においても、目的達成に努力するために法人発足の運びとなりました。
ラオスの調査
ラオスでの調査は、麗澤大学の奥平定世教授(1902~1984、財団設立時の常務理事)によって1959年に始まりました。奥平教授は、以後、毎年ラオス各地を踏査し、1964年の初めにラオスの首都ビエンチャンの商工会議所会頭カンバイ・ピラパンデ氏から農業開発指導の要請を受け、レイタク・カンバイ農場を指導開発する話し合いが両氏のもとで成立しました。同年6月、廣池千太郎、長谷虎治の両氏が奥平教授とともに現地を視察、同年秋に廣池学園から2名が現地に派遣されました。
有志による支援
当時、財団はまだ成立せず、有志の浄財によって桑苗の栽培や試験的養蚕活動が始まり、また農機具、肥料、種等の物資支援も始まりました。この業績は高く評価され、1968年に廣池学園の廣池千英理事長*(当時)は財団設立の意志を発表、有力出力、有財出財、人心の開発と救済への積極的方法が示されました。しかし、その8月、廣池千英理事長は急逝し、ラオス開発は理事長の遺訓として残されたのです。この財団は廣池千英理事長の一つの大きな遺産ともいえるでしょう。